人とコミュニケーションをするとき、「相手の反応が気になる」ということは誰にでもあると思います。
「こう言ったらどう思うだろう」「傷つけないだろうか」と、相手の表情や言葉を気にして伝える内容を変えたり、言わずに飲み込んだりすることもあります。
それ自体は思いやりの表れでもありますが、一方で自分を苦しくする原因にもなります。
お気に入りのドラマ「僕の姉ちゃん」で、そんなことを考えさせられる場面がありました。
このドラマは働き始めたばかりの弟と少しクセの強い姉ちゃんの軽妙な会話を中心に進む作品です。
ある回で、姉ちゃんが気になる相手をデートに誘ったものの、返事がないと弟にぼやく場面がありました。
弟は「そんなに傷ついていないようだけど、どうして?」と尋ねます。
姉ちゃんの返しはこうです。
返信がないのはわたしのせいじゃないもん。わたしはデートに誘っただけ。誘った勇気まではわたしのもので、返信の有無までしらんがな。
この言葉に、姉ちゃんつよいな、と思うと同時に、なるほど…という深い気づきをもらいました。
自分なら「誘い方が悪かったのか」「私に魅力がないからか」と、相手の反応を必要以上に気にしてしまいそうです。
でも姉ちゃんは、自分の責任と相手の責任をきちんと分けています。
だからこそ、必要以上に背負わない。
それがとても健やかだと感じました。
コミュニケーションで「相手の反応が気になる」というのは自然なことです。
けれども、相手の反応が気になるということは、実は「相手の反応をコントロールしようとしている」のではないでしょうか。
「こう思ってほしい」「こう受け取ってほしい」と期待を抱くことは仕方のないことですが、相手に強要することまではできません。
私たちが責任を持てるのは、「どう伝えるか」までです。
誠実に、相手を思って、分かりやすく伝えることが自分の役割。
その先の「どう受け取るか」「どう感じるか」は、相手自身の責任です。
私自身、かつて「こんなことを言ったら傷つけてしまうかもしれない」と、率直な気持ちを伝えるのをためらっていたことがあります。
そのとき、ある人に言われました。
「人は、他人によって傷つけられることはない。もし傷ついたとしたらそれはその人の問題。」
もちろん、相手を攻撃する意図で言葉を投げつけるのは別問題です。
でも、相手を思って伝える言葉や、自分を大切にするために必要な言葉であれば、伝えるところまでが自分の責任だと思うようになりました。
その先は相手に委ねるしかありません。
相手の反応はコントロールできないと割り切る
コミュニケーションを少し楽にするためには、「どこまでが自分の責任か」を意識することが大切です。
相手の反応を気にしすぎるのではなく、誠実に伝えるところまでを自分の責任とする。
その先、相手がそれをどう受け取るかまではコントロールしようとしない。
姉ちゃん風に言うなら、
どう受け取るかまではしらんがな。
それくらいの気持ちでいることも、健全な線引きなのだと思います。
思わぬ反応が返ってきたとしても、またこちらが誠実に伝えていくしかない。
コミュニケーションとは、その繰り返しなのだと割り切る。
ちょっと勇気はいるかもしれませんが、自分を苦しくしすぎないためにも、相手の反応についてはコントロールできないものと責任を手放す。
最後に
あなたは今、誰かに伝えたいのに飲み込んでいる言葉はありませんか。
「伝えるところまでが自分の責任」と考えて、もう一度その気持ちに向き合ってみてもいいのかもしれません。
そうすることは、相手を尊重するだけでなく、あなた自身を大切にすることにもつながるはずです。